ナーサリーライムの日本語訳をめぐって

浅田 正人
  0.はしがき

 教員を始めて10年が経過したのを期に,今まで少しずつ訳してきた nursery rhymes をまとめて本にすることにした(『ねこばんまざあぐうす』葦書房 1994年1月刊).これは一般書として計画したため,最低限英語の原文は付したものの,解説等は割愛した.ここでは本で行わなかった詩の英和翻訳の理論的考察を少々試みたい.
 

  1.日本語での総称について

 英米伝承童謡の呼称としては「マザー・グース」が既に定着しているようである.これは英語のMother Goose rhymes に相当し主として米語であり,英でも用いられないわけではないが,英ではむしろ nursery rhymes の方が普通である.マザーグースという呼び方は比較的新しいものでありそれどころか,本来 nursery rhymes 自体を指すものではなかった.C. Perrault の童話集の副題Contes de Ma Mere l'Oye が英語に入り,1765年 John Newbery が自分の編集した童謡集の表題をMother Goose's Melody としたのが広く受け入れられたものである.その後 Mother Goose 自身がnursery rhyme に登場したり,Elizabeth Goose という米に実在した女性が伝承童謡を集大成したという俗説が登場するに及んで,マザーグースという呼称と伝承童謡とは不可分の関係となった.  1921年北原白秋の訳詩集の表題が『まざあ・ぐうす』であり,以後もこれを踏襲したものが多い.25年松原至大『マザアグウス子供の唄』,62年吉竹迪夫『まざー・ぐーす』に続いて,寺山修司と谷川俊太郎は共に『マザー・グース』である.

 私は「まざあぐうす」の表記を選んだが,白秋に敬意を表する意味あいと,横書きの日本語中で中黒(・)を使いたくないとの理由による.
 

  2.日英語の相違

1. 文法上の相違,日本語と英語では修飾の方向が異なる.日本語では,

のように前から後へ修飾が行われる.逆の構造は存在しない.英語では前向き,後向きの両方が 混在するが,後から前への修飾の方が基本と考えてよいだろう. This is the house ←[that Jack built.]  冠詞,形容詞,副詞等が単独で他の語を修飾する場合は被修飾語に先行するが,句,節の修飾は後から前にかかる.

2. 音韻上の相違.英語は強弱アクセントを基本とし,日本語は高低アクセントを有する.

3. これに伴い,英語のリズムでは強拍が等間隔に発音される,即ち強拍の連続はゆっくり発音され 弱拍の連続は速く発音される.

日本語は各音節(正確にはモーラ)が均等の長さをもち,従って速さは一定である.

4. 英語で文のアクセントの核をなすのは名詞と動詞であり,これには冠詞,所有形容詞,助動詞が 伴う場合が極めて多い.このため文の切れ目とリズムの切れ目がずれる現象(アウフタクト)が 起き易い.16分音符+付点8分音符のリズムもこれにより生じる.(なお日本語にはこのようなリズムが存在しないため日本人は,これを4分音符+8分音符の3連符で近似しがちである.)

5. 英語圏で普通である3拍子系のリズムは,日本語には見られない.これは言語の性質にもよるが一部は文化,習慣の問題であろう.

6. 日英語の音節構造の違いにより,音節(モーラ)当たりの情報伝達効率は,日本語の方が著しく 低い.例として上に挙げた詩についてみると,英語では 18 syllables であり, えらそうなA かわいいa  はずむよB ねこはとだなのなかにいる  だからなんにもみえないよ (谷川俊太郎訳)  では 43 morae となり,2倍以上である.文体にもよるが,日本語の伝達効率は英語の半分程度であると考えられる.

7. 英詩では脚韻が使われる.頭韻(alliteration)もしばしば見られるが,副次的な役割を担うに過ぎない.日本語の詩では脚韻は使われず,頭韻の方が比較的見受けられる.1
 

  3.詩の翻訳について

 言語を signifiant と signifi@ とに分けた場合に,日常言語においては両者が相剋することが比較的少ないのであるが,言葉遊びや詩などにおいては状況が大きく異なる.signifiant(形)とsignifie(意味)が対等の重みをもち,或はその重みが逆転することさえある.散文の訳の場合も文体をどのように移しかえるかという問題は生じるが,基本的には意味を伝えれば及第点が得られよう.詩の翻訳においては,まず何を訳すべきかが問題となる.意味を移しかえることはしばしば文化的困難を伴うにせよ,かなりの程度までは可能である.これに対して,音を移しかえることは両言語の音韻構造が異なる場合,不可能といってよい.訳された言語の枠組みに従うほかはない.音韻の要請に意味が引きずられた nonsense 詩の場合,意味を伝えることがそれこそ「無意味」と

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1韻律は言語と密接な関係にはあるものの,一部は文化的なものであり,ある程度は変化の余地があるもののように思う.歌謡曲,和製ポップス,アニメ主題歌等で,英語の脚韻に相当するような語句を効果的に使ったものが次第に増えてきている.このような傾向が定着すれば,日本語の詩も(疑似)脚韻を,少なくとも頭韻程度には利用するようになるかもしれない.次の例は最近流行のアニメ主題曲の歌詞であるが,英語の押韻を交え,-oo の音の反復を効果的に使っている. 泣きたくなるような moonlight 電話も出来ない midnight だって純情(じゅんじょう) どうしよう ハートは 万華鏡(まんげきょう) 「ムーンライト伝説」作詞/小田佳奈子.
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なる.また言葉遊び(jeux de mots)は多義性を利用しており,両言語の多義性が一致するという僥幸を期待するほかはない.このように詩の翻訳においては必然的に取捨選択が必要となり,何を犠牲にして何を伝えるべきかの判断を迫られる.場合によっては,意味を捨てて音を生かした方がよいことさえある.2
 

  4.マザーグースの翻訳にあたって

 上記のような問題点をふまえて,実際にマザーグースを日本語に移しかえる際の基本方針は次のようなものであった.但しこれは最初に方針を定めて翻訳にあたったというわけではなく,むしろ後から考えてみるとこうなっていたという方が正確であろうが.

1. マザーグースの多くは旋律を伴うのだが,原詩を同じメロディーで歌えるように訳すか否かで, 方針が分かれることになる.歌えるように訳す場合は,英語の韻律を極力保持するほかはない. 情報量が半減することを覚悟し,場合によって文語,漢文調を生かすなど工夫してしのぐ必要がある.旋律を意識せず訳す場合は,日本語の韻律の枠組みに従う.

2. 律(リズム)について.伝承童謡に多く見られるのは,trochaic tetrameter である.この場合1詩行あたりの音節数は7(強弱強弱強弱強)となる.日本語ではほぼ同量の情報を伝えるには 約倍のモーラ数を必要とするので,4拍子系リズム4小節で近似する.日本語の代表的リズムは5音と7音の組み合せであるので,七五調で近似する.

3. 韻(ライム)について.頭韻は日本語,英語ともほぼ類似の効果を有するので,極力保持する.脚韻は,本来日本語の伝統には存在しないもので,音韻の体系上英語ほど効果的とは言えない.英語の真似をした場合は行末の母音を揃えることになり,容易であるがその分効果も乏しい.3

 次に,子音まで含めて同一の音節を用いることが考えられる.これも「−て」「−る」「−た」等で行末を揃えれば容易に実現できるが,単調になる虞があり,さほど面白い効果を生まない.第3に,最後から2番目の母音+最後の音節を揃える方法が考えられる.白秋訳の「右や左や、クリスマス。/がちょうがふとってめえりやす。(クリスマスがきますわい)」は -asu の音を 

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2白秋は『まざあ・ぐうす』の跋文中,次のように指摘している. それから、Rain, rain go to Spain というような音韻上の引っかけことばのものは訳 しようとするのがそもそも無理であるから訳しなかった。「雨、雨、スペインへ」では原 謡のおもしろみがなくなるからである。日本でなら「雨、雨、安房へ」というふうにあの 韻で掛けてゆくべきものである。…  「やぶ医者のフォスタアさんが、グロオスタアへいって」というふうのものはこれもこ とばの上の引っかけであるが、固有の名詞でそのままやれるから、そのとおりにしておい た。「お医者さまの西庵さんが埼玉へいって」というふうのしゃれだ。これは両方が固有 名詞でいってるのでそのままでいいが、雨とスペインのごとく、一つが普通名詞である場 合はまったく困ってしまう。…

3次の白秋訳は(意識したものかどうかはともかく)行末母音を揃える効果を使っているようだ.

世界が一つのパイなら、 /海がすっかりインキなら、/木がまたチイズとパンならば、/ おれたちののむものそりゃ,なんだ。/それこそ甲羅経たじじいめでも / 頭をかかえてちょいとまいろ。

If all the world was apple-pie, / And all the sea was ink, / And all the trees were bread and cheese, / What should we have to drink? / It's enough to make an old man / Scratch his head and think.
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合わせており,このパターンに当たる.堀口大學は「脚韻(雪国にて,1947)」の中で,戯れ歌ながらも,類似の押韻を試みている.

 先に脚注で引いた「ムーンライト伝説」も同形であるし,どうやらこれが最も有望そうである.私は1と3のパターンを組み合わせて用いることにした.

4. 意味と音の対立が生じる場合,可能であれば両方生かそうと頭をひねった.しかし,普通これは 不可能であるので,適宜どちらを生かすか判断した.音を生かした場合,意味は翻案することになり,原詩と懸け離れることもありうる.

5. 文体について.マザーグースの多くは数百年の歴史を経ており,現代日本語/近世日本語の相違 ほどには大きくないにせよ,現代英語とはかなり隔たりがある.白秋が恐らく意図的に江戸期の擬古文調を取り入れているのは,このためであろう.伝承童謡は遥かな歴史を引きずりながら,かつ現代を生き延びねばならないという二律背反を背負った存在なのである.かなり迷った末に結局は,現代日本語口語を原則として,一部文体を移しかえる要請を強く感じる場合のみ,適宜文語や擬古文を使用することにした(というか,私の文語を操る能力の欠如のためでもあるのだが).

6. 古い英語,今日では方言にしか用いられない用法などは native speaker にとっても理解困難な 場合がしばしばある.Tom, Tom, the piper's son,/ Stole a pig and away he run; において pig は豚の姿をした菓子を意味したはずなのだが,ほとんどの絵本で本物の豚が描かれており,もはや本来の意味では解釈されていないことを示唆している.4  このような場合にも,困難ではあるが,元の意味を生かすか今日的な意味を取るか,適宜判断した.
 

  5.分類と章立てについて

 講談社文庫版の『マザー・グース 4』巻末の解説で平野敬一先生がまとめておられるように,今世紀に入って次のようなマザーグースの分類が試みられたきた.

1. 主要人物,事物のアルファベット順(Iona & Peter Opie: The Oxford Dictionary of Nursery  Rhymes, 1951)

2. 子供の成長発達に準拠した配列(Iona & Peter Opie: The Oxford Nursery Rhyme Book, 1955)

3. 文献学的な初出年代順の配列方法 (William & Ceil Baring-Gould: The Annotated Mother Goose, 1962)

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4類似の現象で少々興味を惹かれたのだが,先日購入した擬古調の「犬棒 以呂波歌留多」(残念ながら版権等の明記がない)中,「灯台下暗し」の挿絵が海原を照らす木造の灯台になっていた.
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このうち 2. は一見曖昧な方法であるように見えながら,伝承童謡には最も適合した分類であるよう思われる.次のような9分類であり,講談社文庫版はこれに準拠している.

 1) BABY GAMES AND LULLABIES

 2) FIRST FAVOURITES

 3) LITTLE SONGS

 4) PEOPLE

 5) A LITTLE LEARNING

 6) AWAKENING

 7) WONDERS

 8) RIDDLES, TRICKS, AND TRIPPERS

 9) BALLADS AND SONGS

拙著の章立てを考える際,まずこの分類法を念頭においた.しかし一般書という性格と,私家版と銘打ったことからそれなりの特色を出したいという考えから,結局 1. と 2. を折衷したような分類となった.

 1章  ね ノまき(ねこ & ねずみ)     17篇

 2章 乎 之卷(古文 與 漢文)      11篇

 3章 ば ノまき(ばあさん & じいさん)  12篇

 4章 ん ノまき(なぞ & ふしぎ)     22篇

 5章 ま ノまき(まま & あかちゃん)   22篇

 6章 ざ ノまき(ざつ or あざーず)    20篇

 7章 A ノまき(ABC & 123)    20篇

 8章 ぐ ノまき(ぐうす & ろびん)    12篇

 9章 う ノまき(うたう うた)       30篇

10章 す ノまき(すとーりー & ばらっど) 16篇   計182篇

1,3,8章はテーマ別,2章に歴史的仮名遣いと旧字体を使用した方が都合がよい詩を集めた.4章は 7) と 8) に,5章は 1) と 2) に,6章は 4) と 6) に,7章は 5) に,10章は 9) に,概ね対応している.9章は 3) に相当するが,旋律を伴うものは大体この章に集めてある.全体は少々こじつけながら,もちろん表題の折句のつもりである.
 

  6.『ねこばん』解題

 マザーグースの訳選集を一般向けに編んでみたいと構想した際,仮題は『私家版まざあぐうす』だった(自費出版の依頼先を物色する際の原稿をデモ版と呼んでいたことから,洒落で思いついたのである).81年講談社文庫版(谷川俊太郎訳)全4巻は 336篇を収録しており,現代的日本語とリズムに気を使った訳詩を特色とし,マザーグースの全体像を一般に広く伝えたことと合わせて,画期的であった.特に次のような訳は見事と言うほかなく,もはや定訳であり,私のような者には別訳の可能性すら思いつかない.

ただ,白秋以来代表的選集は主として詩人によって編まれてきた.私が語学者寄りのアプローチをすれば,些か先人の訳業に資することができるかもしれないと考えた.その際に,やや非正統的な手段を選んだとしても既に谷川訳があるので差し支えあるまい,と逃げを打って,結局『ねこばんまざあぐうす』と名づけた.
 

  7.各論

 ここでは幾つかのマザーグースの原文と訳詩とを比較し,これまでに述べた内容を補足したい.

           (音節数)       (モーラ数)

Sing a song of six-pence, (6)      ろくペンスのきょく (8)

A pock-et full of rye; (6)        ライむぎいっぱい (8)

Four and twen-ty black-birds, (6)   くろどり 2ダース (8)

Baked in a pie. (4)           やきこんだパイ  (7)

When the pie was o-pened, (6)     パイを ひらいたら (8)   

The birds be-gan to sing; (6)      なきだす とり (6)

Was not that a dain-ty dish, (7)     おうさまの たべる (8)

To set be-fore the king? (6)       ごちそうかい (6)

おおむね ballad meter に従い,実際に有名な旋律をもつ唄で,各行が4拍子の1小節に当たる.私は曲を生かすべく,意味が半減するのを承知で極めて簡潔に訳している.音数律が乱れているがライやパイは1拍に押し込めて読むことができるので,実は七五調の変形に収まっている.原詩の脚韻を踏襲しようとしたことは,ご覧の通り.この詩を白秋は次のように訳している.

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5ひょっとすると「お皿」は dish の意味の取り違えであるかもしれない.
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1行目も8+7と切れば,七五調に訳してあることがわかる.音節数が原詩の倍となっているため訳には余裕があり,「うたえ」反復,「ごほうびの」「その」「すぐに」「もともと」「そりゃ」は語調を整えるために用いられている.谷川訳は次の通り.

葬送行進曲を思わせるリズムである.この詩にも曲がついているが,物語を伝える方を優先して,リズムは捨て,完全な七五調に移した.白秋訳は次の通り. 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
6脚注8を参照.冒頭は定訳から逃れることができなかった.
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白秋は七七/七九で訳しているようである.「だァれが」と「そォれは」は単なる冗長な表記などではなく Trauermarsch のリズムを各聯を通じて刻むためのものである.谷川訳は次の通り.

谷川は七五/七七で訳している.「し」の音の反復は意図したものかもしれない.なお竹久夢二は『さよなら』(1910)の中でこの詩を訳しており,白秋に十年余先立つことになる.7 『誰そ、駒鳥を殺せしは?』 雀はいひぬ、『我こそ!』と、 『わがこの弓と矢とをもて、 我れ駒鳥を殺しけり』

 最後に謎詩を一つ.なお正解は0または1とされている. 

拙訳は翻案による.「つしま」は長崎県対馬か愛知県津島か,好きな方を思い浮かべて下さい.

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7この引用は渡辺茂編著『マザー・グース事典』竹久夢二の項より.
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  8.将来の展望

 神話伝説,聖書,シェークスピアと並んで,英米文化の理解にとって欠くことのできないものが伝承童謡である.学問的分野から芸術,大衆文化に至るまで随所に顔をのぞかせるマザーグースの研究が盛んになり,その気にさえなれば参照検索も容易だし,一般にも「マザーグース」と言えば何であるか了解される状況となったことは,本当によいことだと思う.現状をふまえて,今後一層研究を進める余地があるのは,次のような分野ではあるまいか.

1. 日本語訳に関しては,絶えず新訳により更新されていく中で,日本の子供たちの伝承童謡として定着していくものが現われれば,素晴らしいことだろう.様々なバージョンの中から訳者不詳のお墨付き(?)を得た時,訳は伝承童謡と成りうるのである.8

2. マザーグースの旋律の方もかなり注目されるようになり,幾つかCDも出回っている.拙著にも幾つか楽譜を付したが,予算等の制約もあり旋律を意識して訳した詩全ての楽譜を載せることはできなかった.マザーグースの楽譜集や,あそびうたの場合遊び方のマニュアルが整備されるとより便利となろう.

3. マザーグースの allusion に関しても,既にかなりの記述がなされている.T.S. Eliot の The  Waste Land(『荒地』),Agatha Christie や S.S. Van Dine,Ellery Queen,Ross Macdonald らのミステリー小説,George Bernard Shaw や George Orwell,映画タイトルに至るまで様々な場面にマザーグースは登場する.これらのコンコーダンスをつくるのも面白い仕事になりそうであるが,私にはちょっと手に負えそうにない.ただ,ポップス/ロック関係でのマザーグースの引用の研究は比較的未開拓であり,私に向いているかもしれない.9

4. マザーグースの伝承の過去を辿る仕事も興味深い.「ロンドンばし」が,橋梁工事の人身御供に纏わる暗い過去の記憶を伴っていることはよく知られているが,archetype を内包しているため我々を魅惑すると思われる詩も少なくない.また,日本のわらべ唄にも同様の過去をもつものが多いに違いない.両者の比較研究も有益だろう.

5. 言葉遊びの観点からみたマザーグース.私が最も興味を惹かれる分野である.

6. マザーグースの挿絵の研究.Kate Greenaway,Arthur Rackham,Randolph Caldecott,Raymond  Briggs,竹久夢二,和田誠と多くの優れた画家がマザーグースを手がけてきている.伝承童謡の受容のされ方の変遷を知る上でも,挿絵は貴重である.

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8既にややこれに近いものに「メリーさんのひつじ」や「ロンドンばし」がある.やや異なるが,「だれがころしたクック・ロビン」というフレーズは萩尾望都のポーの一族シリーズ「小鳥の巣」(1973)で誤って引用されたのが,魔夜峰央の「パタリロ!」でクックロビン音頭として定着したものであり,形がくずれたことも一概に悪いとは言えないのかもしれない.

9とりあえず思いつくだけでも,マドンナの Lucky Star 中の“Star light, star bright/Firststar I see tonight”というリフレイン,The Beatles の Golden Slumbers,Metallica の EnterSandman の中で唱えられる“Now I lay me down to sleep, /I pray the Lord my soul to keep;/And if I die before I wake, /I pray the Lord my soul to take.”,XTCのアルバム表題Oranges And Lemons,Simon & Garfunkel の Scarborough Fair に織り込まれている Canticle の部分,Genesis の And Then There Were Three や Extreme の第2アルバム Pornograffitti 等.
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7. マザーグースからは外れるが,日本の伝承童謡の掘り起こし,新たな伝承の発見も地道な仕事として行われるべきだろう.10
 

  9.おわりに

 結局自著の後書に書くべき内容を羅列したような結果となり,何だか宣伝じみてしまいました.研究紀要にあまり妥当でないものとなったかもしれないことをお詫び致します.

  10.参考文献

 あまり網羅的に参照していないのですが,」.で挙げた英語の代表的選集のほか,以下のような書物等を参考に致しました.

1. 北原白秋訳『まざあ・ぐうす』,アルス,1921(平野敬一編 改訂新版,角川文庫,1976).

2. 寺山修司訳『マザー・グース』T〜V,新書館,1977-78,9. の日本語版.

3. 谷川俊太郎訳,和田誠絵,平野敬一監修『マザー・グース』1〜4,講談社文庫,1981.

4.和田誠訳『オフ・オフ・マザーグース』,筑摩書房,1989.

5. 平野敬一『マザー・グースの唄 − イギリスの伝承童謡』,中公新書,1972.

6. 藤野紀男『マザー・グースの唄が聞える』,朝日イブニングニュース,1984.

7. 渡辺茂『マザー・グース事典』,北星堂,1986.

8. 鈴木一博『マザー・グースの誕生』,現代教養文庫,1986.

9. Iona & Peter Opie: The Puffin Book of Nursery Rhymes, 1963.

10. Mother Goose Nursery Rhymes illustrated by Arthur Rackham, 1913 (reissued by Puffin Books, 1973).

11. Iona & Peter Opie: The Singing Game, Oxford University Press, 1985.

12. Katharine T. Wessells & Kathy Allert: The Golden Songbook−A Collection of Favorite Songs and Singing Games for Children, Golden Press, New York, 1981.

13. Tom Glazer & David McPhail: The Mother Goose Songbook, Doubleday, New York, 1990.

14. Mother Goose−A Collection of Nursery Rhymes illustrated by Brian Wildsmith, Oxford University Press, 1964.

15. I Saw a Ship A-Sailing−A Picture Book with Mother Goose Rhymes illustrated by Beni Montresor, Collins, London, 1967.

16. 菅谷規矩夫『詩的リズム』

17. 那珂太郎編『堀口大學詩集』,彌生書房,1967.

18. 平野敬一監修『マザー・グースの歌』(CD),日本コロムビア,1987.

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10子供たちの間で流行っている不気味な替え唄が新聞で取り上げられたことがあった.たとえば,「お正月」の替え唄「…おしょうがつには もちくって はらをこわして しんじゃった はやくこいこい おんぼろ きゅうきゅうしゃ ピー ポー」,「ひなまつり」の替え唄「あかりをつけましょ ばくだんに ボカンと いっぱつ はげあたま ごにんばやしの ころしあい きょうはたのしい おそうしき」などというのがあるらしい(小学2年の長男より聴取).この類の物も,TVなどの影響による悪趣味な流行と一括してはいけない気がする.
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