憂色日記

 ○月×日 実家で夕食をご馳走になる。ステーキ、モーゼルの白。コルクが乾燥していて、うまく抜けない。粉々になったコルク栓の滓が浮いたワインを飲む。おせち、パン、ご飯と、ワインの残りをもらって帰る。
 ○月×日 もらった食糧で食いつなぐ。冷蔵庫に唯一残っていたソーセージを炒める。賞味期限を2倍ほど過ぎているのに後で気づき、子どもが食中りを起こさぬよう、結局私が食べる羽目になる。ブロッコリに花が咲いている。ジャガイモに花が咲いている。半分に切ったキャベツの芯の部分がおきあがって十センチほど伸びている。自然の力は偉大である。植木鉢の花は枯れているというのに、台所は花盛りだ。ブロッコリの花を構わず茹で、マヨネーズをつけて子どもに食べさせる。牛乳もジュースもないので、仕方なくワインを飲む。
 ○月×日 いよいよ食うものがない。寒いので、誰も買い物に行きたがらない。食器棚に黒豆の瓶詰めを見つけたので、鏡餅を割ってぜんざいにする。幸いプラスチックのパックに包んであるやつなので、たいして黴も生えてないし、食べられないことはない。テーブルの下に食べかけの蒲鉾が落ちていたので、洗って食べる。なんか変な歯形がついてるのが気にくわないけど。どーも猫の歯形のよーな気が…
 ○月×日 我が家では、洗い物をまずしない限り食事は作られないことになっている。奥さんが食事を作ってくれるよう、洗い物をする決心をする。ステップ1、テーブル上の新聞、漫画の本、おもちゃ、トイレットペーパー、その他じゃまなものをすべて隣の部屋に投げ込む。ステップ2、テーブルの下に落ちているジュースの空き缶、牛乳パック、プリンやヨーグルトのカップ、広告紙、子どもの工作の残骸等を拾ってごみ袋に捨てる。なんでごみ箱に捨てないかとゆーと、既にごみを臨界まで圧縮して入れてあるので、これ以上入らないからである。ステップ3、その下に埋もれていた、食器類を拾って、テーブルの上に並べる。シンクに重ねてある皿もテーブルの上へ。ステップ4、ジャガイモの皮とカレーの残りで詰まっている流しの排水孔の生ゴミを取り除く。ガスこんろの上に置かれた、フライパンやカレーの鍋がつっこまれた洗い桶を洗う。水が冷たくて、手が無感覚になる。いらいらして乱暴にかき回していると、急に水が赤くなる。何の色かと思ったら、一番底の方に沈んでいた包丁で手を切った血だと分かって焦る。傷はそんなに深くなかったので、病院には行かないことにするが、台所の片づけは明日へと続く!
 ○月×日 家族は4人しかいないのに、なぜこんなに皿やコップ、箸、スプーンをいっぱい消費するんだろう。五十本ほどある箸を、占い師が筮竹をシャッフルする要領で、いい加減に洗って、水切りに放り込む。次男が箸を噛むので(食べるので?)どんどん短くなり、長さが揃わない。同じ種類の箸を揃えようとすると、ちょっとした神経衰弱が楽しめる。同じ現象は靴下を揃えるときにも起きるので、靴下と箸は必ず同じ種類だけ買うよう指示しているのだが、無理らしい。菜箸が3組、うち3本はコンロの火で焦げた部分がある。杓文字が4つ、これも同様。なぜ4つもあるかとゆーと、ご飯をよそって米粒がこびりついた杓文字は放棄され、毎回新しい杓文字を使うからである。ようやくガス炊飯釜の洗浄にたどり着く。これで2週間ぶりに米が炊ける状態になるのは喜ばしい限りである。いよいよ炊飯は、明日に続く! 
 ○月×日 ついにご飯ができる。久しぶりに冷凍庫を開けると、なんと!柳葉魚が二袋見つかったので(ここはドラクエ風に)、オーヴントースターで焼いて食べようとすると、猫が寄ってくる。半ば背中を向けて、あまりに恨みがましい態度なので、1匹ずつ分けてやる。自室に戻り仕事をしていると、なんか焦げ臭い。台所に戻ると、オーブントースターの中身が燃えている。子どもが私の真似をして柳葉魚を焼き始めて放ったらかしていたので、底の方に落ちた脂に火がついたのだった。ああ、火事にならなくて良かった。
 ○月×日 今日は台所が香ばしいので、期待して行ってみると、今日はトースターではなく、電子レンジが燃えている。もとい、電子レンジの内部で何らかの食品と思われるものが燃えているように見える。長男に何をつくっているのかきくと、牛蒡ピラフを解凍しているのだと言う。急速加熱で十五分も調理すれば、そりゃー発火するわな。なんとか消火して皿を取り出すと、あられかおこしのような味で、案外おいしかった。
 ○月×日 子どもに任しておくとどんな事態になるか分からないので、今日は自分で夕食をつくろうとの決意を固める。戸棚に明太子ソースがあったので、スパゲティに決める。湯が沸騰するまでTVを見ていて台所に戻ると、塩がない。あちこち探し回るが、遂に諦めて次男に塩を買ってくるよう頼むと、今猫が膝に乗っていて忙しいからダメだと断られる。自分で買いにいく。帰るとすっかり湯が蒸発してしまっているので、もう一度湯が沸くの待つ間、仕事をする。今度こそ湯が沸いたし、塩も入ったら、肝心のスパゲティが見つからない。ここまで来てスパゲディを食べられないのは悔しいので、必死で探す間にも刻一刻と湯が蒸発していく。やっとのことで風呂場の脱衣篭の底になぜかスパゲディが一袋隠れていたのを発見、大喜びする。台所に戻ると、塩の結晶ができている(今回はエネルギーを節約すべく超弱火にしていたのだ)。三度目の正直で、湯を沸かし直し、今度こそ麺が茹だるまでは順調にゆく。いよいよ食事にありつけると思ったら、バターがない。うちの奥さんは小学校の先生であるので、食卓の上には給食の残りが置いてあることが多い。残した子に持って帰らせれば良さそうに思うのだが、万が一食中毒にでもなると学校の責任を問われるので、絶対持って帰してはいけないのだそーだ。だったら教師の家族が中毒しても良いのか?それはともかく、給食の残りのバターがないか探すが、こーゆー時に限って床にも落ちていない。こないだ片づけたのがいけなかったか。それでもどこかにありそうな気がして、とゆーか、もう一回ローソンに出かけるのが嫌なので家中を探すと、遂にチューブでバター1/3がテレビの裏から発見された。スパゲディはすっかり冷えているので、電子レンジで加熱してからバターをからめ、明太子スパゲティが出来上がった頃には、家内はすっかり寝静まった後であった。
 ○月×日 今日は奥さんが「高級お茶漬け」というのをスーパーの閉店間際五割引で買ったので、つくってくれると言う。「お茶漬け」とゆーぐらいなので、私がお茶を用意しようとすると、何してんのよ、そんなもの、お湯をかければいいのよ、とのこと。そんなものかと引き下がり、お茶漬けが出来るのを待つ。食べに行ってみると、なんか違うよーな気が…永谷園の高級でないお茶漬けとは異なり、この製品はお茶を加えない限りお湯漬けとなるのであった。
 ○月×日 帰宅するともう夕食はすんでおり、私の分は昨日とった店屋物のカツ丼の残りが電子レンジの中に入ってるので、暖めて勝手に食べてくれと言われる。ちゃんと適切な時間だけ加熱して食べようとすると、カツの具がのってなくて、微かに汁がかかっているのみである。半分食べたところで諦めて、仕事に取りかかる。珍しく奥さんがコーヒーを入れてくれる。食事の際にコーヒーメーカーで沸かした残りであるらしい。なんか少し黄色っぽい油が表面に浮いてるのが気になるけど、まあいいかと思って飲みながらワープロを打つ。妙な固形物が唇に当たったので見ると、ソーセージがカップの底に沈んでいたのだった。俄然奥さんに抗議する。『どおりで一本足んないと思ったわ。でも、さっきウィンナーコーヒー注文しなかった?』
 ○月×日 なし。昨日のカツ丼、カツなかったぞ、と奥さんに抗議する。あら、気がつかなかったの?猫に食べられないように丼をひっくり返しといたのよ。底の方から食べれば、ちゃんとカツ、出てきたのに。
 ○月×日 焼きそばとトマト。
 ○月×日 アマダイ煮付け、ご飯、賞味期限の切れた湯豆腐。賞味期限過ぎたものは必ず私が食べることになっている。焦って食べようとして舌をやく。懲りて慎重に食べ進むと、中は冷たい。やっぱり湯豆腐は電子レンジで作るもんじゃない。
 ○月×日 食パンを一斤買ってくる。食卓に置いておくと、だんだん減っていく。パンの側面からトンネル状にクラムが掘りとられていき、遂にはみみの部分を残すのみとなる。犯人は次男である。なんで切って食べないんだと文句を言うと、包丁がみつからなかったからだと言う。ともあれ、人はパンのみみにて生くるに非ず。
 ○月×日 学校にやってくる保険会社のアンケートに答えて当たった、末等のカップラーメン。
 ○月×日 豪華!出前寿司と、なぜかグレープフルーツ1ヶ。
 ○月×日 お茶漬け(具なし)。
 ○月×日 ご飯、セブンイレブンの牛すじ、腐った豆腐…って字で書くと面白いけど、食えたもんじゃない。
 ○月×日 今日は生協の配達日なので、何か食べるものがあるに違いない、と期待して帰宅。台所には甘酸っぱい香りが漂っている。流しの三角コーナーを見て、メロン二玉分の残骸を発見。そんなもの注文した記憶がないので不思議に思っていると、長男が勝手に注文書に追加して、配達されるや否や次男と一緒に食っちまったらしい。来週は子どもより早く帰宅するぞ、と固く決意する。
 ○月×日 長男が久しぶりに「ひとりでできるもん」のビデオを見ていると思ったら、フレンチトーストを作ってくれる。たまには役に立つ子どもである。
 ○月×日 特記事項なし。
 ○月×日 アヴォカド2個。
 ○月×日 ほか弁、きんぴら、酢の物。
 ○月×日 出来ず。
 ○月×日 子どもの遠足の弁当の残り。
 ○月×日 子どもに食事を買いに行かせる。シーチキンが大好きな次男が喜び勇んで帰って来たので、袋を開けてみるが、どう見てもフライドチキンである。ラベルをよく確かめると「スパイシー・チキン」と書いてあった。
 ○月×日 フリスキーのモンプチ舌平目味というのをコンビニで見つけて買って帰る。なんかおいしそうな気がしたので、猫に与える前に味見をしたら、おいしかった。
 ○月×日 引き出しの中にトウモロコシの粒が一袋入っていたので、フライパンでポップコーンをつくる。すごく膨張することを忘れてたら、バケツに一杯できてしまう。気がつくとTVではちょうど相応しいアニメをやっていた。『バケツでごはん』。             続劇
この文章はフィクションであり、登場する家庭、人物等は一切実在のものとは関係ありません。  浅田 洋子

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