憂食日記2〜チャイのつくり方

 寒い冬や,風邪気味のとき,身体も心も暖めてくれるインド風ミルクティー,チャイの作り方をお教えしよう.私は料理専門家という訳ではないから,記述に多少不備な点があるかもしれないが,ご容赦願いたい.さて,私はかねてよりお料理番組やレシピの本に,ある種の不満を感じていた.材料や香辛料,道具類が完璧にそろい,大抵の面倒な作業は助手がやってくれ,30分ほどことこと煮た後の鍋が予め用意されていたりする.一般の家庭では,取り分け共働きで家でも仕事をしていて,子供や猫が餌を求めて徘徊し,皆が最小限の家事しかしたがらないような場合,例えば材料ときれいな鍋を揃えることさえ至難の業であったりするのだ.そこで,料理を行う上で大凡理想的とは言い難い状況を敢えて設定し,如何なる困難をも乗り越えてチャイを作る方法をお教えする.これさえ読めば,どんな状況下にあっても,確実に美味しいチャイが作れること請け合いである.
 まず条件整備から.最低限でもガス漏れなどを起こさないコンロ1口は欲しい.火力が必要なので,電気コンロでは多量に作るのは難しい.換気扇がちゃんと動く方が望ましいが,長年掃除を怠ったため,油汚れなどが溜まって換気の機能を果たさなくなっているような場合は,換気扇の清掃から始める必要はない!多少臭いが籠もることを厭わなければ我慢できないことはない.台所の戸を開けて作るという手もあるが,冬場につくることが多いであろうから,あまりお勧めできない.但し,出来上がった時のチャイの暖かさを感動的に味わうために少々の我慢もOKという方は,この限りでない.
 次にシンクが詰まっていないか,洗い桶が一杯でないかを確かめ,作業に影響がない程度にまで片づけておく.パイプの清掃を怠っていると,いくら頑張っても水が捌けるまでに1時間もかかったり,風呂場の水が逆流したり,詰まっている固形物を取り除いてるうちに,あまりの冷たさに風邪をひきそうになるかもしれない.そのような場合には,焦らず1日じっくり片づけをして,チャイは翌日に回そう.
 スペースというのも案外重要な要素である.コンロ上に何も置くことなく,まな板を置く場所を確保した方が望ましい.いざとなれば二口コンロの片方にまな板を載せてもよいが,がたついて切りにくいし,知らない間に石鹸入れが溶けるわ,菜箸が焦げるわ,包丁の柄が燃えるわ,色々なことが起きるので,わざわざ危険を冒す必要はない.因みに包丁の柄は普通かなり高密度の木でできており,焼きに影響が出るほど放置しない限り,2〜3分燃えても包丁自体の使用には支障は出ないので安心して戴きたい.
 是非必要なものは,やや厚手の鍋が1つ.出来れば2リットルほど入る,手打ちのものとかがいいかもしれない.1週間前につくったカレーがこびりついていたり,煮魚焦がして魚が化石みたいに張りついている,小豆を煮たまま忘れて炭化し,鍋全面に豆の模様ができている等の場合,きれいにするのにかなりの時間を要するかもしれない.そのような場合も,焦らず1日じっくり鍋を磨いて,チャイは翌日に回そう.
 ティーポット.である必要はないのだが,料理をする上で,気分も大事である.たとえ新品でも,バケツでカルピスを出されるのはあまり嬉しくないだろう.チャイを志すのなら,ティーポット1つくらい,用意しておきたい.もし前回使用した際,きちんと洗っていなくて,底に残った分がどろどろに腐っていたりすると,なかなか厄介である.折角おいしく出来上がっても注ぐ時点で台無しになってしまう.これまた1日かけて,洗浄と漂白して,チャイはまた後日ということにして戴きたい.
 あとは木の篦とか,茶漉し.別に濾さなくてもよいのだが,中国風に浮いてる茶葉を吹いて向こうに寄せておいて隙をみて飲む,というのを面倒くさがる人もいるだろう.茶漉しがなければ天麩羅すくうやつとか,何か葉っぱをこせそうなものであれば,何でもよろしい.書道に使う筆巻きとかでも,耐熱性があれば何とかなるかもしれない. ティースプーン.馬鹿にしてはいけない.適切な大きさのスプーンがないと苛立つものである.全部使っちまって,食器入れに戻ってない場合,洗い桶,シンクの底,三角コーナーの中,床の上,コンロの下,等を捜して最低限1こは確保すること.
 コップ.出来れば厚手のものを.なければ直接ポットから飲む,という訳にはいかない.火傷する.人数分きれいなコップが用意できない場合は,これまた1日かけて皿洗いをしてから,チャイはまた明日.
 これでいよいよ,チャイの製作過程に近づいてきた.材料集めに取りかかる.要するにミルクティーであるから,ミルクとティーは必須だ.冷蔵庫を捜して,賞味期限の切れていない牛乳1リットルをひっぱり出す.材料ぐらいには少し凝った方が気分がよいので,可能ならコンビニ牛乳とかじゃなく,乳脂肪分の高い,割と高級な牛乳を使う.パスチャライズドとかノンホモとかだとより良い.
 紅茶の葉.どんな葉でも出来ないことはない.最悪の場合,ティーバッグをばらして10包ほど使えば大丈夫だ.但し,袋ごと入れるのはやめよう.しかし,これまた材料ぐらいには少し凝りたい気がするだろう.ミルクティー用には,風味の濃い,アッサム等の葉を使わないと,お茶の味が負けてしまう.それと,チャイに関してはぐつぐつ煮立てることになるので,できれば粉茶でなく,葉の原型を留めているもの,また繊細なスーション(一番葉)とかよりは,丈夫なピコーとかの方がよろしい.個人的には,チャイ用にはレピシエのモンテ・クリストを愛用している.紅茶がない場合.普通は諦めた方がよい.烏龍茶があれば,大分印象の違う仕上がりになるが,やってみてもよい.緑茶しかない場合…色は大体同じになるが,流石に緑茶として飲んだ方がいいと思う.
 砂糖.大抵の家庭にあると思うが,甘くみてはいけない.砂糖入れがからになっていたり,虫が入っていて使えない,で引き出しを捜すとどこにあるか分からない,と色んなことがあるだろう.そういう場合はお葬式のお返しのスティックシュガーとか,ヨーグルトの付録のフロストシュガーとか,黒砂糖とか,蜂蜜とか,何とかして探し出すこと.
 ここまでで一応ミルクティーはできるのだが,チャイと宣言した以上,香辛料がほしい.組み合わせは好みによるが,標準的にはシナモン,ナツメグあたりを用意する.パウダーが容易に手にはいるが,これまた気分の問題なので,シナモンスティックの方が感じがよいし,ナツメグもホウルを包丁で削って入れた方が,料理をしたという達成感が得られてよい.他には,バニラビーンズとか,クローブとかを適宜入れる.
 ここまで来たら,出来たも同然である.400ccほどの水を鍋で煮立てる.お茶っ葉を小匙10杯(多すぎると思えば適宜減らして下さい)入れて十分ほど煮る.水が減りすぎた場合は,水を加えて.念のためだが,牛乳に直接紅茶を入れてはいけない.うまく抽出されないので,ミルクティーにならない.十分もやっていると,本当にこれで飲めるようになるのかと疑いたくなるほど毒々しく,火山の噴火口のマグマ溜まりみたいに沸き立ってくるかもしれないが,気にする必要はない.勝負は概ねここまでである.
 香辛料はパウダーを使う場合,もっと後でもよいが,シナモンスティックやナツメグホウルはこの辺で入れる.あとは,辛抱強くミルクを少量加えては煮立てるという工程を繰り返す.別の作業をしながら作ろうとしてはいけない.開始してから1時間ほどはチャイ作りに没頭すること.煮こぼさずに牛乳1リットルを加え終わったら,大体終了である.
 砂糖を入れて味を調える.あと,ココナッツパウダーとか,生ミルク少々とか,カルーアとかメロンリキュールとか,好みに応じて加える.その他大勢に影響のない範囲なら,闇鍋みたいにあらゆるものをぶち込んでも大丈夫である.味見をしてみて,納得がいったら,茶漉しでこしてティーポットへ.この頃までには,注文した人間は呆れ果てて眠ってしまっているかもしれないが,その場合は仕方なく自分で飲んで自己満足に浸る.幸い,まだ起きて待っていてくれてるのなら,コップにたっぷり注いで出してあげると,一晩中眠れなくなった,とか文句を言われることだろう.